コモディティ化する顧客基盤
スタートアップにとって喉から手が出るほど欲しいもの、それはなんといっても顧客基盤だろう。どんなにいい製品を持っていても、どんなにいいサービスを行っていても、顧客がいなければ利益は生まれない。せっかくの製品が評価されることもない。
スタートアップじゃなくても、たいていの企業において顧客基盤は最重要な資産だ。その獲得のために多大な広告費を支払い、しのぎを削っているのが現状だろう。
今回はブロックチェーンの普及により、顧客基盤がコモディティ化していくという考察をしてみたい。
そもそも顧客基盤とは何か?
単なる顧客リストは顧客基盤ではない。確かにリストがあれば企業側から顧客へアプローチはできるかもしれない。しかし顧客がその商品を気に入ったとしても、すぐに購入できるわけではない。それにはまだまだハードルが横たわっている。
この企業は信用できるのか?どうやってお金を支払うのか?どうやって商品を受け取るのか?どやってサービスを受けるのか?これらのハードルを乗り越えなければ取引は成立しない。顧客基盤というのは、これらのハードルを乗り越えた顧客のリストのことである。
また企業側から顧客に対しても同様のハードルがあることもわかるだろう。この顧客は支払い能力があるのか?実在する人物なのか?などをチェックしなければ提供できないサービスもあるからだ。
こういったハードルを乗り越え ReadyToUse になった状態は「顧客とつながっている」と言い換えてもいいだろう。つまり
1、企業と顧客がお互いを信頼し
2、支払いや物流などを行えるようになっている
ということだ。
2については支払や物流だけでなく、ユーザがログインするためのパスワードの登録だとか、本人確認なども含まれる。こういったことをひとつづつ積み上げることで企業と顧客の距離が縮まっていくのだ。
ブロックチェーンがもたらす変革
さてブロックチェーンはこれをどう変えるのだろうか?
しつこいようだが、ブロックチェーンは顧客と企業がお互いを信用することを容易にする。特に個人や小さな企業は、ブロックチェーンに記録された過去の履歴や評価を見せることで、大企業と同等の信用スコアを得ることができるだろう。
「顧客とのつながり」はどう変わるだろうか。
ブロックチェーン時代には公開鍵が顧客のIDになるだろう。表面上は別の覚えやすいIDがあるかもしれないが、少なくとも現在のメアドと同じように顧客のもっとも重要な値として管理されるだろう。
例えばログインするために、わざわざアカウント登録をする必要ががなくなる。ID(公開鍵)とその署名を送ることで、企業はネットの向こう側にいる顧客が確かに本人(公開鍵の保有者という意味で)であることを確信できるのだ。パスワードハッシュを登録するような必要はないので、アカウントを作成することなくいきなりログインをすることができるようになる。
あるいは公開鍵を指定することで、何の準備もなく顧客と企業間で送金を行うことができるようになる。これはまさに仮想通貨で実現されていることだ。自明だろう。
「XYZ物流サービス」のようなサービスを考えよう。彼らは公開鍵と住所の関係を知っており、このサービスを使えば公開鍵を指定してモノを配送できるようになっているだろう。顧客の年齢が20歳以上かどうかを確認するサービスもあるだろう。それ以外にも様々なことが公開鍵を使ってできるようになっているに違いない。
これは顧客基盤に求められることがすべて簡単に手に入るということを意味している。もはや顧客基盤は苦労して構築するものではなく、自然に世の中にあって利用するものになっているのである。
あたかもインターネットの出現によって、情報がわざわざ集めるものではなくなり、必要になった時に検索するだけのものになったのと同じことだ。貴重なものがありふれたものに、つまりコモディティ化するのだ。これは衝撃だと思わないだろうか?
あなたのサービスがさらに後押しする
これだけでは終わらない、一歩引いて考えてみよう。あなたの作成するサービスは顧客ID(公開鍵)に対して何かしらのサービスを提供する、例えばレンタカーだとしよう。
これはあなたのサービスが「XYZ物流」と同じようになり、今度は他のサービスから利用可能なサービスになることを意味する。旅行サイトが、彼らのサービスの一部として、あなたのレンタカーサービスを呼び出すのだ。あなたのサービスはさらに、他社の保険のサービスを呼び出すのかもしれない。これらの連鎖の過程では公開鍵と署名だけ飛び交い、個人情報などは各々のサービス内でのみ使用されることになるだろう。もちろん一部の情報はサービス間で暗号化されてやり取りされることになるに違いない。
これは受動的な顧客基盤といえよう。あるいは言い方を変えればあなたのサービスがプラットフォームに組み込まれたのだ、と考えてもいいかもしれない。
ソフトウェアの世界ではマイクロサービスという言葉が流行っているが、これはまさにビジネス版マイクロサービスともいえるものだ。奇遇なことにマイクロサービスにおいては分散化がキーワードになっている。ブロックチェーンによって分散化されたシステムはビジネスをマイクロサービス化するのだ。
まとめ
多くの企業が必死に顧客基盤を構築しようとしている。グロースハックという言葉があるほどだ。
しかしブロックチェーンはそんな顧客基盤をありふれたもの、コモディティにしてしまう可能性を秘めている。その世界では商品そのもの、サービスそのものの優劣で勝敗が決まり、たとえスタートアップでも商品の優秀さだけで勝負できるようになる。
本当にそんな世界が来るのだろうか?インターネットは20年で世界を変えたのだから、ブロックチェーンも20年あればで世界を変えることは可能だろうか。夢はつきない。