JAFCO買収の影響と長期・短期投資家の利害
JAFCO買収の影響
JAFCO(ジャフコ グループ株式会社)は国内最大のベンチャーキャピタル(VC)です。VCはベンチャー企業に投資をする会社なのですが、一般的にVCは知り合い数人で始めパートナー制を取ることが多く、非上場企業です。しかし、JAFCOは歴史的経緯により上場しています。日本には上場VCは3社しかない(はず)ので珍しいのですが、今回、村上氏ファンド等に敵対的買収の可能性を示唆されたと報道されました。
JAFCOはこの手の買収防衛策としてお決まりのポイズンピルを検討しています。ポイズンピルを導入すべきかどうかも最終的には株主が決めることかと思います。株主の反対がある状況で経営者保身とも捉えられかねないポイズンピルは導入できないでしょう。JAFCOがやるべきことは資本市場(〜=株主)にしっかりと自社の成長戦略・事業戦略を説明することかと思います。こんなことは、JAFCO自身が投資先の起業家に口を酸っぱくするくらい言ってきたことなので、指摘されなくても分かってるよと言いたいのをグッとこらえてるところでしょう。
JAFCOは野村證券との資本関係は解消しており、私は安定株主のいない上場VCは不安定であり、二次的な影響が起こりうることをTwitterで指摘しました。それはVCは間接的にベンチャー企業の経営権を持っていて、VC自体が買収されてしまうと、その投資先も間接的に支配(支配権ではなくとも、経営に強い影響力を与えること)するリスクです。
日本最大のVCであるJAFCOの投資先は累計で4000社以上あり、そのベンチャー企業が意図していない買収者に間接的にでもコントロールされると経営方針の大幅な変更等のリスクがあるのではないかという懸念です。一般的にベンチャー企業は資産らしい資産はないことが多いので、バリュー株投資のようなことはできないかと思います。しかし、事業・知財譲渡やM&A(企業合併と買収)を通じて企業価値を向上させる等の大きな方針転換があったとすると、他の株主や起業家は戸惑うかもしれません。そんなことをしてもベンチャー企業価値の向上になるかは未知数ですが、買収者がJAFCOの支配権(51%以上の取得)を取得した後には、JAFCOもベンチャー企業も何をされても文句は言えない状況が発生すると思います。Twitterでも書いたように、未上場企業は上場企業よりも株主の権利が(投資契約等によって)強いからです。投資契約では一般的に、ファイナンスやM&A、役員の選任/退任についての持ち株数以上の権利が定められています。
※ただし、私は今回の件でJAFCOが買収者に経営権を取得されるリスクは低いと予想しています。
では、なぜJAFCOが狙われたかというと、JAFCOが持っているNRI(野村総研)の株が過去10年程度で数倍に上がっていて、JAFCO自体の株価がそれを正しく反映していないからです。それで買収者は株を買い集めて買収を示唆して、JAFCOに保有しているNRIの株を売らせて、そのお金を株主に還元して欲しいと要求しています。自社株買いという、会社が自分自身の株を買って、会社の現金を株主に配る手法です。
以下、JAFCOが発表した開示資料です。
「最終的には株主の皆様によってなされるべきもの」と繰り返していますが、大半は村上氏ファンド等の悪口でJAFCOが激オコなのは良くわかりました。これはもう村上氏ファンド等投資事例集としてM&Aの教科書として売れるのではないでしょうか?
長期・短期投資家の利害
経営者は虎の子を平時に売れない
JAFCOがなんで本業と関係ないシステム開発会社のNRIをずっと持っていたんだと指摘する方が多いですが、第三者に指摘されない限り売る意思決定はできないと思います。経営者の視点だと、虎の子をとっておきたいんですよ。万が一に赤字になったり、自己資本が減ってきた時に少しずつ売りながら、財務諸表を整えたいと思うのが普通の経営者です。
株主だって財務諸表が整ってなかったら、それはそれで怒るわけでしょう。
だから、平時に値上がりした株を売るなんて決断をすることはなかなかできない。儲かってるのにさらに特別利益だして、次の期には赤字になったのでクビですとか、経営者にとって得しない意思決定ですよね。
ソフトバンクの孫さんが何で今のタイミングでアリババ売るんだというのと同じですよ。虎の子は平時には売れないと思います。そして有事の時には虎の子の株価も下がっているので泣きっ面に蜂ですが、これは経営者のジレンマだと思っています。
短期投資家は焼畑農業
短期投資家は企業価値向上のために虎の子を吐き出せと言うけど、自分たちが売り抜けたあとのことは知ったこっちゃないとなりますよね。虎の子を吐き出して、資本減らして株主に貴重な経営資源を還元して、財務レバレッジ(負債〜=借金と自己資本の割合)ギリギリでやれと。財務レバレッジが上がれば、株主のリターン(ROE)は上がります。しかし、何かあったら倒産するリスク(クレジットリスク)も上がります。競争環境変化や新規事業で一発当たれば良いけど失敗したら知らんという方針は本当に資本市場全体にとって最適と考えられるでしょうか?
発行体(会社のこと。株等を発行する主体)がいつでも自由に資本を調達できるならば、理論上財務レバレッジギリギリでも良いでしょう。そのようなおとぎ話の世界では自己資本は1円でも事業は可能になります。赤字になったら赤字分だけ調達すれば良いので。そんなことできるのは政府のみです。でも、事業会社はそうじゃないです。経営者が過度に保身に走るのは非難されるべきですが、ある程度資本にバッファーが欲しいという気持ちはすごく良くわかります。
皆さんも山登りしてる時は、万が一のために水や食料を少しずつ消費しますよね。未来が読めないから取っておくんですよ。それを二合目で腹減ってるからよこせと言われたら嫌でしょう。長期的な計画は立てられなくなりますよ。
もちろん虎の子を全部吐き出させるのも株主の権利なので株主総会開いて決議するのも自由ですが、そのような手法が横行したら時間軸で最適経営できないというのが私の主張です。
自己資本が増えたり減ったりしたら、格付けも下がるし、調達コストも上がります。長期的には自己資本が安定していたほうが資本政策的にはメリットがあります。
短期投資家の株主の権利を最大限活かした手法は、焼畑農業ですよ。
一方で株主資本を含む経営資源を乱用して自己保身に走る経営者もいただけない。だから、平時よりもっと厳しく経営者を評価する株主側の姿勢も必要かと。含み益資産だけに注目するのではなく。そして含み益のある資産については会社は事前に売却方針などを表明すべきかと思います。
長期と短期の投資家間の利害調整が必要
今回の件はJAFCOがNRIの株を売って手打ちになると予想していますが、短期投資家の利益と長期投資家の利益はコンフリクトする可能性があります。少数株主と大株主のコンフリクトは議論されるのに、この時間軸で見たときの株主間の公正さについては議論が進んでないですよね。
例えば、短期投資家の一発狙い焼畑農業を防止するためには、複数年に渡って含み益のある資産を売却して配当で還元する等の政策はどうでしょうか?そういった場合には、税制優遇があると発行体も長期短期投資家のバランスをとって資本政策を検討するのではないでしょうか?
もしくは、資産を売ったお金で自社株買いして投資家に現金を渡すのではなく、COCO債のようなものを無償で投資家に渡して、平時は高いクーポンで投資家に還元するが、資本が必要なときは発行体がトリガーしていつでも増資できるような状況にするのはどうでしょうか?
B/S、P/Lといった財務諸表のボラティリティーと経営資源の最適配分が経営者、短期投資家、長期投資家に与える利害が一致しないことについて、どのような社会的な仕組みが公平で資本市場にとって最適であるのかを改めて議論すべきだと思います。